梅谷 奈々さん

楽しみながらあらゆることが学べる。
とても贅沢な毎日を送っています。

「毎日やりたいことばかりやっているので、休みが欲しいとか旅行に行きたいとか、考えたことがないんです」
とは言いながら、この日、梅谷奈々さん(32歳)はアフリカ、タンザニアへの旅行から戻ったばかりだった。
「だから、休むとなったらレベルの高い休みをドカンと(笑)」

近所の農家から竹をいただいてきたところ。道具の扱いもなれたもの。

近所の農家から竹をいただいてきたところ。道具の扱いもなれたもの。

動物が好きで、動物看護士師養成の専門学校を卒業した梅谷さん。動物病院で4年間看護師として勤めた後、ワーキングホリデーを利用してカナダでトリマーの仕事も経験した。その帰国後間もなく東日本大震災が発生し、復興ボランティアとして、宮城県の気仙沼市に向かう。
「あの震災以来、生活に対する考え方が変わりました。エネルギーのことや、衣食住などモノに対すること、そしてそれを生産する農林業のことなど。そこで、ボランティアで知り合った岡山在住の女性たちと一緒に『yosako』というグループを作ったんです」
“与作は木を切る〜”の女性版だから『yosako』。そう、林業者のサポートも受けながら活動する、森林ボランティアのグループだ。
「木は貴重なエネルギー源でもあるのに、あまり使われなくなってから、人は山に入らなくなりました。すると山は荒れるし、災害にもつながるし」
『yosako』での活動を続けるかたわら、農業にも関心を持つようになり、『上山集楽』の梅谷真慈さんと知り合う。そこで衣食住すべての分野において、暮らしを一から丁寧につくりたいと思うようになった。

小学校6年までは、岡山市内のシンクロナイズドスイミングのクラブに通っていたとのこと。農機具とのシンクロぶりも決まっている。

小学校6年までは、岡山市内のシンクロナイズドスイミングのクラブに通っていたとのこと。農機具とのシンクロぶりも決まっている。

「自分が好きなものは、一通り自分で作ってみたい性格なんです。その点で、上山には山があって田んぼがあって水があって、その資源を自由に使わせてもらえます。自分で育てた作物を料理することもできるし、そのために学ぶこともたくさんあるし。思えば贅沢なことですよね。ただ、それは棚田団の皆さんが何年もかけて積み上げてきた、地域の方々との信頼関係があるからこそだと思うんです。そのおかげで私も自由にさせてもらっているんだな、と」
2015年の12月、真慈さんと結婚。晴れて上山の住民となった。今でも週に2日間、岡山市内の百貨店に勤務している。
「高級婦人服の売り場担当です。こうして上山で生活しながら、一方で街からの刺激を受けておくことも私にとっては大切なんですよね」
上山は岡山市内からクルマで1時間ほど。田舎と都会、その両方から学ぶためにも、上山はちょうどいい地域なのだ。

移住者

他の移住者を見る

移住者 一覧に戻る

© UEYAMA shuraku,

トップへ戻る
メニューを開く

上山集楽

上山集楽