水柿 大地さん

地域おこし協力隊一期生として、
今も上山に住み続ける理由。

上山神社秋祭りでの獅子舞という大役を終え、雨で稲刈りも中止になったこの日、水柿大地さんは自宅の縁側で事務作業を行っていた。
「メールはもちろん、国から助成金をもらっている事業の報告書を書いたり、モビリティプロジェクトの調査を整理したりです。このシーズンは事務仕事が溜まっちゃうんですよね」
上山に移り住んで6年目。地域おこし協力隊制度が始まって2年目の2010年に、大学を休学して移り住んだという。上山集楽のメンバーの中でも、若くしてベテラン格なのだ。

平成元年生まれ。「でも出身高校は昭和高校ですが」

平成元年生まれ。「でも出身高校は昭和高校ですが」

縁側からの眺め。左隅から雲海が押し寄せ、谷全体を覆うこともあるという。「ここから棚田が広く見渡せるので、誰かが働いていると気になって、事務仕事が手につかなくなるんです」

縁側からの眺め。左隅から雲海が押し寄せ、谷全体を覆うこともあるという。「ここから棚田が広く見渡せるので、誰かが働いていると気になって、事務仕事が手につかなくなるんです」

 

「高校生の頃、日本の農村には一人暮らしのお年寄りが増えている、というテレビ番組をたまたま見たんです。その人たちは自由に買い物にも行けない、家族にもめったに会えない、というような内容でした。僕は大家族で育ったので、これはつらいだろうなぁ、と。だったらこの分野で勉強して、過疎の地域をどうにか賑やかにできないか、と思ったことが農村に関心を持ったきっかけです」
大学は法政大学の現代福祉学部に進む。ここでは農村地域の再生について、専門的に学ぶことができたからだ。

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農村について学ぶうちに、農業そのものを学ぶことになりました。

農村について学ぶうちに、農業そのものを学ぶことになりました。

 

「でも、机の上で勉強しているだけでは学んだことにならないんですよね。実習で地方に行っても、どこかお客さま扱いされていたし」
そこで思い切って休学。地域おこし協力隊の一期生として、この上山で、結成後間もない英田上山棚田団( 上山の棚田の救世主 「英田上山棚田団」とは? )に加わった。
「来た当初は草刈りばかりやってました。オレ、いったい何をやってるんだろうと思うくらい。一ヶ月経った頃には早く帰りたいと思っていました。でも三ヶ月経った頃には、当初一年の予定だった休学を二年に延長していましたよ。草むらの中から石垣が現れると、ものすごい達成感を感じるんです。翌年また、草が生えてきて同じことを繰り返すわけですが(笑)」

上山神社の秋祭りでは伝統の獅子舞を舞った。7〜8分にも及ぶハードな舞い。左は2013年に上山に移住してきた沖田政幸さん。

上山神社の秋祭りでは伝統の獅子舞を舞った。7〜8分にも及ぶハードな舞い。左は2013年に上山に移住してきた沖田政幸さん。

 

学生時代は公務員志望。しかし、勉強のつもりでやってきた上山で、いつの間にか農家になってしまった。何か違和感を感じないのだろうか?
「農村を学ぶためには、農業を学ぶことも欠かせない、と考えています。もちろん農業をやりながら、農業の向こうにある何かを目指しています。上山集楽の人たちも同様で、農業をやりながら、皆がそれぞれに違う目的を持っているんですよ。地域医療とか、自立したエネルギーの研究とか、革製品の商品化とか。しかし棚田の再生という同じ目的で集まり、チームとして仕事ができる。棚田を通じていろいろなことが学べるんです」

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機械化の難しい棚田だからこそ学べることも多いし、上山集楽の結束も強くなるんだと思います。

地域おこし協力隊の任期終了後は上山に移住。高速バスで毎週東京に通いながら、大学も卒業した。そして独立した2013年、地域のお年寄りの便利屋さん兼話し相手としての『孫プロジェクト』を立ち上げ、今では美作市全域に活動範囲を広げている。2014年には岩波ジュニア新書より『21歳男子、過疎の山村に住むことにしました』 ( 岩波書店 / Amazon )も出版。モビリティプロジェクトでは、地域の方々に対して電気自動車の活用法について意見を集める役割を務める。
やはり、お年寄りの話の聞き役が多いようだ。聞き役というよりも、お年寄りの知恵を若い世代につなぐ役割。
「大学進学時に決めた志望動機は、今でも一本スジを通しています」

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