古老の知恵

魚も、服も、お米と交換。あるものを渡して、ないものをもらう暮らし。 藤原 正孝さん

物々交換する際に、お米や大豆を計った天秤

物々交換する際に、お米や大豆を計った天秤

 

藤原正孝さんのお宅には、昭和23年から大切に保管されている家計簿がある。小さな字でびっしり記されたその内容の細やかなこと!「炒り干し、米1升」「マッチ、米2升」といった物々交換による買い物や農業収入、子どものおやつに至るまで記されていて、当時の暮らしぶりが鮮明に見えてくる。正孝さんのお父さん、まさお(漢字要確認)さんが付けていたもので全部で50冊ほどある。この家計簿を見ながら、昔のお米の価値や助け合いの文化について話を聞いたのは水柿大地さん。これからの集落でも生かせるヒントを学んだ。

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■ お米や大豆がお金代わり

—— 正孝さん、上山に帰ってきて何年目ですか?
「5年目やな。勤めで大阪に40年おって、今また戻って上山暦を重ねとる(笑)」

—— この家計簿すごいですよね。耕作面積まで細かく書いてあって。
「父がきっちりした人やったからなぁ。亡くなる2ヶ月前まで書いとったよ」

—— 昭和30年って正孝さんが子どもの頃ですよね。
「わしが昭和24年生まれやから、8歳やね。よう覚えとるよ」

—— 魚のアジが米1升、パンが麦5合って書いてあるけど、物々交換だったんですね。
「そうそう。いろんな人が家まで物を売りに来てな。魚やら服やら。こんちわぁ、こんちわぁって来る魚屋を、みんな“こんちゃん”て呼んで親しゅうしとった」

—— あはは。その人は魚を売りに来て、帰りにはお米を持って帰ったんですね。
「問屋へ持っていって、お金に変えたんやろうなぁ」

天ぷら売りは「久木のおじちゃん」、洋服は「えみちゃん」と行商人にはあだ名があって村の人たちとも親しくしていたと話す正孝さん。

天ぷら売りは「久木のおじちゃん」、洋服は「えみちゃん」と行商人にはあだ名があって村の人たちとも親しくしていたと話す正孝さん。

何をお金で買い、何を大豆や米と引き換えたかが詳しくわかる。

何をお金で買い、何を大豆や米と引き換えたかが詳しくわかる。

「小学校の給食代はお米で、中学校のPTA代は麦で払ってる!」(水柿)「修学旅行の時の服も米で買うたんやで」(正孝さん)

「小学校の給食代はお米で、中学校のPTA代は麦で払ってる!」(水柿)「修学旅行の時の服も米で買うたんやで」(正孝さん)

—— 米や大豆、麦がお金代わりだったんですね。でも縄1丸70円などお金で支払っているものもありますね。
「向こうから売りに来るときはお米で払って、店ではお金で払っとった。でも店でもほとんどがツケで、盆暮れにまとめて支払うんや」

—— そうか、支払い時期が作物の収穫時期と重なるんだ。だから大豆が続く時期があるんですね。
「まぁ米は何かの時のために一年中保存してあったから年中な」

米や大豆を計っていた桝(ます)などの昔の計測器。

米や大豆を計っていた桝(ます)などの昔の計測器。

こちらは繭(まゆ)など軽いものを計った。こうした古い道具が大切に保存されている。

こちらは繭(まゆ)など軽いものを計った。こうした古い道具が大切に保存されている。

 

■ みんな平等。あるものを渡して、ないものをもらう

—— これだけお米に価値があると、収穫次第で生活が変わりますよね。
「うん、でも昔はみーんな平等に貧乏やったからね。お金はなかったけど楽しかったよ。のんびりしとった。お金に追われることがない言うんかな。ない人にはある人がもっていったり」

—— お米を?
「そうそう。火事があって米が燃えた家があったら、みんなが少しずつ持ち寄ってね。持ってるものを渡して、向こうにあるものをもらって」

—— そういう時、お金だと渡しにくいですよね。米だとやりやすいのかもしれない。
「作業も助け合いで、旦那さんが怪我して田んぼが遅れとるところあったらみんなで手伝いに行って補って、一斉に終わるようにしてたしな。子どもの頃の小遣いも物々交換やで。一生懸命コルクにする木の皮を集めたらな、サイダーと交換してもらえたんや。竹の皮とかな」

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お茶を持ってきてくれた奥さんも会話に参加。「同じ時代でもうちの実家は町やったから当り前にお金を使ってたんよ。大阪やし、家もサラリーマンやったから。上山はお米つくってる農家が多いからな」

お茶を持ってきてくれた奥さんも会話に参加。「同じ時代でもうちの実家は町やったから当り前にお金を使ってたんよ。大阪やし、家もサラリーマンやったから。上山はお米つくってる農家が多いからな」

 

■ 今でも生かせる。助け合いのヒントに

「村の豆腐屋に大豆を持っていったらその分を豆腐にしてくれたり、油も、菜種を持っていって菜種油にしてもらいよった」

—— なるほど!材料を渡して加工してもらうんですね。それは今もできそう。僕らが大豆を渡して、一部をおばあちゃんに味噌にしてもらったり。その代わりに別のことでお礼をするとか
「ええ思うなぁ。助け合いやね。昔はみんな当り前にやっとんたよな」

—— 先日地域の話し合いで、住民同士の助け合いの仕組みをつくろうってことになったんです。ゴミ出しの手伝いなんかは気持のボランティアでやる。でも500円くらいもらってやった方がいいこともあるし、草刈りなどは1000円くらい、という風に、外に頼むのではなくて自分たちの中でまわそうと。でもお金じゃなくてモノで返すってのもいいなぁと、今聞いていて思いましたね。
「昔もお金がない人は人夫で出すってことがあったよ」

—— 「すてぶ」ですよね。みんな何か得意ごとがありますもんね。車の送迎をしてお金を取ると色々規制があるけど、現物だったらいいかもしれない。僕らが運転して買い物にお連れする代わりに味噌をもらうとか。
「そう考えると今もやったりもらったり、しとるけどね(笑)。お金を払うことで助け合いの気持が薄れるってあるからねぇ」

—— お金が介在すると、上山の外の人に頼むのも同じになっちゃいますからね。お金は都会でも使えるし、地元でも使える良さはあるけど、やっぱり地域の中で助け合いできるようになるといいですよね。ありがとうございます、すごく勉強になりました。色々考えられる気がします。

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