移住者

ここでは棚田の再生だけではなく、将来のための地域作りもできます。 沖田政幸さん

2014年、奥さまと共に上山に移った沖田政幸さん(39歳)は、ここに来るまで出身地の広島県から出たことはなかったという。
「広島市内で会社員をやっていました。飲食、アパレル、ウェブ関係など、いろいろな業種を経験しましたが、最後は電気工事の会社にいて、そこでのキャリアが今、とても役に立っています」
上山に住むお年寄りから、いろいろな電気工事を頼まれるとのこと。
「コンセントやスイッチの修理から、防犯カメラの取り付けまで。無料でいいような簡単な工事もあるのですが、こっちの人は無料ではやらせてくれないので、電気工事はあまり宣伝しないつもりです(笑)」

農繁期の朝は6時に起床。以後、昼食をはさんで夕方まで、家の周りや田んぼの周りで水の管理や農作業、夕方からは事務作業という日課。

農繁期の朝は6時に起床。以後、昼食をはさんで夕方まで、家の周りや田んぼの周りで水の管理や農作業、夕方からは事務作業という日課。

沖田さんは『英田上山棚田団』の一員として、主に後逧地区の棚田再生に取り組んでいる。移住者は地区ごとの棚田を一名が担当。とは言っても、それは決まりごとではなく、自然にそうなったもの。もちろん一人ではできない仕事が多いので、全員で手伝いながら順繰りに各地区を回っている。
「移住の理由は、消費するだけの生活ではなくて、何かを生み出したり生産したりしたいと思うようになったからです」
ただし、初めから上山への移住を決めていたわけではなく、他の地域も多く見て回った。
「しかし、他の地域では地元の方もまだまだ元気で、あまり自分の力が必要とされていないようにも感じました。いろいろな立場はあると思いますが、地域によっては田舎暮らしを夢見た、単なるサークル活動をしているような人たちも少なからずいるし。その点で、上山には志を感じたんです。ここでは棚田を再生させるというだけではなく、地元の人と一緒になって、その先の構想まで語られています。しかも語るだけではなく、一つひとつ確実に実現させているので、この人たちは本物だな、と」

沖田さんが担当する地区の耕作放棄地。これも再生させる予定。右の笹藪は、高さ3mほどもある。

沖田さんが担当する地区の耕作放棄地。これも再生させる予定。右の笹藪は、高さ3mほどもある。

沖田さんによって再生された田畑。この見回りも、大切な日課のひとつ。

沖田さんによって再生された田畑。この見回りも、大切な日課のひとつ。

それでは、沖田さんご自身の将来の構想はどのようなものだろう?
「エネルギーが自給できて無料で使える、自立した、完全オフグリッドな集落を作りたいですね。小さな集落だからこそ、できると思うんです。あとは、いずれ学校を作りたいですね。引きこもりや不登校の子どもたちにこの環境で学んでもらって、心と体の健康を取り戻してもらえるような学校です」
『みんなのモビリティプロジェクト』では、電気自動車を農林業に使うための研究も行っている。やはり電気系の仕事が多い沖田さんは、これからますます忙しくなりそうだ。

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