野焼きとは?

棚田復活の狼煙、
野焼きとは?

もちろん装備は万全。甘く見ては危険。しかし、このステップを踏まないことには、棚田の復活はない。

もちろん装備は万全。甘く見ては危険。しかし、このステップを踏まないことには、棚田の復活はない。

一度耕作が放棄された水田は、ほんの数ヶ月でススキやセイタカアワダチソウなどの一年草に覆い尽くされる。一年後には湿地を好む笹が生えて深く根を下ろし、やがて灌木が生えたり、竹藪が攻め込んできたり。このような根の深い植物が水田の地下50cmほどの場所に敷かれた石の層を突き破ると、水田はいよいよ機能を失い、千年以上も昔の荒れ地に戻ってしまうという。

千年の歴史を誇る水田も、たった一年で荒れ地に戻ってしまう。

上山では、笹に覆われた空き地をたびたび見かけるけれど、その多くが耕作放棄地のようだ。遠くから見ると単なるふかふかの茂みにしか見えない。しかし隙間なく生えた笹の背丈は3〜4mほど。中に踏み込むこともできない。それが竹林の背丈や根の深さは言うに及ばず。しかし、こいつらを切り倒して、幹や葉の2〜3倍の量にもなる地下茎を掘り出さないことには棚田の再生はできないという。さぁ、どうする?

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これは2011年に行われた野焼き。ターゲットは写真の真ん中に見える竹林。 この竹を、チェーンソーを使って、すべて倒したらご覧の通り。それだけでもかなり危険な作業だった。

これは2011年に行われた野焼き。ターゲットは写真の真ん中に見える竹林。
この竹を、チェーンソーを使って、すべて倒したらご覧の通り。それだけでもかなり危険な作業だった。

「まず、生えているものすべてを刈り尽くすんです」
 と語るは、野草の研究家でもある松原徹郎さん。
「そして、刈ったあとの笹や竹や灌木は、すべて乾かして焼き尽くします」
 これが、春先の上山で多く見かけるダイナミックな野焼きなのだ。

棚田再生のはじめの一歩は、とにかく刈ること、そして燃やすこと。

焼かずに放置していると、竹は5年、木は10年も土に還らない。だから野焼きは欠かせないらしい。しかし、それだけでは地下に張り巡らされた膨大な地下茎までは根絶できない。そこで、野焼きの後は土を掘り起こし、すべての地下茎を浮き上がらせ、切断し、取り除いて初めて野焼きは完了となる。
「それでも地下茎は残りますからね。翌年、再び生えてきた笹や竹を刈り、同じことを繰り返します。地下茎が新芽に養分を放出した頃に刈り取れば、地下茎は年々弱って行くので。そろそろ田んぼに戻そうか、という時期が来るまで3〜4年かかるかな」
という、気の遠くなるような作業なのだ。

火は上から、そして風下から点火する。すると少しずつ、下に燃え広がる。

火は上から、そして風下から点火する。すると少しずつ、下に燃え広がる。

「なお、土を掘り起こす農機が入らない小さな田んぼでは、蕎麦を植えることもあります。蕎麦の根は長いので、横に広がる笹の根を絶やすにはちょうどいいんです。しかも一年草なので後に残らないし」
その場合は野焼きの後に、灰と一緒に蕎麦の種を転がしておけば自然に発芽するので手間がかからない。これもまた、棚田ならではの知恵なのだろう。
さてその野焼き。写真で見る限り、まるで山火事のようだ。こんなこと、普通の人がやっても危なくないのだろうか?

点火は斜面の上から、そして風下から。広い斜面を焼き尽くす方法とは?

「何より、きちんと火をコントロールしながら焼きます。方法としては、火の延焼を防ぐために斜面の上から燃やします。下から燃やすと思う人は多いでしょうが、火に勢いがついてコントロールできなくなってしまうので。さらに、風下のいちばん隅から点火します。こうすれば火はゆっくりと横に燃え広がるので、必要な幅が焼けたら、次に火を下に誘導しながら、下へ下へと燃やして行きます。延焼させたくない箇所の草を事前に刈り、燃えるものを取り除いておけば、ほぼ予定通りに焼けますよ」

民家の真後ろまで火が迫ります。しかし、コントロールされているから大丈夫。

民家の真後ろまで火が迫ります。しかし、コントロールされているから大丈夫。

墓地の手前でピタリと延焼を抑えた。さすが。そして、焼け跡には棚田のシンボルでもある石垣が、数十年ぶりに姿を現す。

墓地の手前でピタリと延焼を抑えた。さすが。そして、焼け跡には棚田のシンボルでもある石垣が、数十年ぶりに姿を現す。

野焼きの時期は2月末から3月に集中するという。その理由は何より、秋までは農作業に追われるから。
「田んぼでの仕事が落ち着くのが11月。それから草や笹藪を刈って、空気の乾く冬の間に乾燥させます。あまり気温が上がると延焼の可能性も高くなるので、3月いっぱいには終わらせます」

野焼きは今や上山の春の風物詩。棚田の再生が終わるまで続く。

かつて上山では、たびたび野焼きが行われていたという。英田上山棚田団の活動に共鳴した、地元の方の発案で野焼きが復活したのは2009年の12月のこと。そして埋もれていた棚田の象徴、石垣が現れた時には、地元の人たちからも歓喜の声が上がった。それにしても、外から来た人たちに、ここまで任せてくれる地域がほかにあるのだろうか?
8300枚の棚田が再生されるまで、野焼きが上山の春を告げる風物詩になるのかもしれない。

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