上山の昔、今、未来。

百年後、そして千年後の未来のために、
千年棚田の歴史や暮らしを振り返る。

岡山市内から美作方面にクルマを走らせると、30分ほどで中国地方に特有の低い山々に囲まれます。いずれも標高は200〜400mほど。左に水量の豊かな吉井川を眺めながら、目指す美作市上山(うえやま)へ向かうには、国道374号線から「奥塩田」方面への道を見逃さずに右へ。
ここまで来ると、あたりは民家の少ない中山間地域ならではの風景。信号機も商店もない山道を『大芦高原雲海』という温泉施設の案内表示を頼りに登り、カフェ『いちょう庵』の案内が見えたら右の登りの道へ。すると間もなく視界が開け、この一帯の最高峰、妙見山(標高519m)の北の尾根に出ます。
そのまま狭い道を進めば、間もなく上山地区のランドマークである上山神社に到着します。ここまで、岡山市内から約1時間。

天平年間(729年〜749年)よりも早く鎮座したと伝わる上山神社。そこから棚田が作られた時期が推定されます。

天平年間(729年〜749年)よりも早く鎮座したと伝わる上山神社。そこから棚田が作られた時期が推定されます。

政令指定都市の近くとは思えない、深い山と昔ながらの風景。

ここは岡山県美作市上山地区。南西の端に妙見山と麓の大芦高原が位置し、そこから北に延びる三本の尾根によって形作られる集落です。東の尾根は広く、地区の半分を占める大きな森林地帯で、その東の外周に2つの集落があります。一方の西半分、真ん中の尾根と西の尾根は地形が穏やかで、その間に挟まれた二つの谷には、戸数10戸前後の10の集落が点在しています。
2010年の国勢調査によると、人口は224人。そのうち65歳以上は87人、15〜64歳は120人、15歳未満は17人。このウェブサイトが対象とする西側の地域は、人口172人。そのうち65歳以上の人口は67人。いわゆる限界集落ぎりぎりの人口構成です。しかし、この集落に住む若者からお年寄りまで、誰も限界など感じていません。そのようすは、このウェブサイトをご覧いただければわかることでしょう。

上山地区の西半分に棚田が集まり、10の集落が点在。真ん中を走る尾根の西側が西谷。東側が奥谷と呼ばれています。

上山神社に到着すると、誰もがクルマを降りて風景を眺めたくなることでしょう。左右に落ちる広く穏やかな谷。そして、その谷を覆うように作られた階段状の棚田群。さらには棚田の間に点在する農家と、棚田の間を縦横に走る狭い農道、季節によって色合いを変える樹々や草花の数々。
かつて、ここ上山には8300枚もの棚田があったと言われています。その歴史は古く、大芦高原に作られた棚田の心臓部、大芦池の築造が早くて5世紀、遅くとも9世紀と推定されることから、優に千年を越えることは確実。

© UEYAMA shuraku,

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上山集楽

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